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歯科探偵(5)転ばなかった日の、歯のヒビ

今回の患者さんは、私の父です。身内だからこそ、問診が甘くなった話でもあります。

急に右上が痛い

ある日、急に右上の奥が痛くなったと言う。診ると、むし歯はない。レントゲンにも異常はない。右上には一本だけ知覚過敏の歯があったので、まずそこを処置しました。すると痛みは消えた。これで様子見、としました。

再燃

しばらくして、痛みがぶり返して再来院。よく見ると、4番(小臼歯)の溝に食べかすが挟まっています。取ろうとすると、痛みが増す。この時点では、叩いても痛い、噛んでも痛い。

溝に食べかすが挟まって、取ると痛む。これは溝ではなく、ヒビ(クラック)です。歯に入った細いひび割れに食べかすが食い込み、噛むたびにひびが開閉して、神経を刺激していた。初回の「急に痛くなった」も、知覚過敏ではなくこれだったのでしょう。

そういえば

いつから痛いのか、あらためて聞きました。すると父が言うには、

「あ、最初に痛くなる何日か前に、玄関の前で転んじゃって。じゃなくて、転びそうになったんだよ。なんとかつかまって無事だったんだけど」

それかーー。

転びそうになって踏みとどまる瞬間、人は全力で歯を食いしばります。ふだんの食事では出ない力が、一瞬だけ歯にかかる。本人は「転ばなかった」のだから、何も起きていないと思っている。だから問診でも出てこない。しかし歯には、その一瞬の記録が残っていたわけです。

結末

ひびは、歯の頭から根の先まで縦に一直線に走っていました(垂直歯根破折)。ここまで割れた歯は、助けようがありません。抜歯して、その後インプラントにしました。

ヒビは、入った瞬間に運命が決まります。入らないに越したことはないが、どうしようもない場合もある。早く見つけていても結果は同じでした。

正直に言えば、この事件で探偵にできたのは、原因を突き止めることまでです。歯を救うことはできなかった。それでも「なぜ痛いのか分からない」まま通い続けるのと、「転びそうになった時に割れた、だから抜く」と分かって抜くのとでは、納得の度合いがまったく違います。

見分け方

  • むし歯もなく、レントゲンにも写らないのに、噛むと一瞬だけ鋭く痛む。特定の方向で噛んだときだけ、ということが多い
  • 冷たいものにしみる。知覚過敏と間違えやすい
  • 溝に食べかすが挟まり、取ろうとすると痛む
  • 「転びそうになった」「硬いものを噛んだ」「ぶつけた」など、本人が忘れているか、事件と思っていない出来事が、数日前にある

教訓

「何かありましたか」と聞くと、患者さんは「何もない」と答えます。転ばなかったのだから。問診は「何かありましたか」ではなく、「転びそうになったことは」「硬いものを噛んだことは」と、具体的に聞かなければ出てきません。身内だと、つい聞き方が雑になる。反省を込めて。

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