「この歯、残せますか」とよく聞かれます。歯医者としての正直な答えは、「残せるかどうか」と「残すべきかどうか」は別の問いだ、ということです。
歯は飾りではない
何本残っていようが、噛めなければ意味がありません。歯の目的は噛むことで、本数は目的ではなく手段です。「できるだけ多く残す」ではなく「できるだけ長く噛める」を目標にすると、判断が変わります。
残すかどうかを決める三つの基準
- 残して、きちんと管理できるか。通えるか、磨けるか、清掃が届く形に保てるか
- 何年もつと言えるか。見通しが立たない歯を「とりあえず」残すのは、判断の先送りです
- 残すことで、次の手段の邪魔をしないか。これがいちばん見落とされます
残しすぎると、骨がなくなる
重い歯周病の歯を無理に残しているあいだ、炎症は歯を支える骨を溶かし続けます。いざ抜いたときには、あごの土手(顎堤)が痩せていて、インプラントを入れるには骨を足す手術が必要になり、入れ歯を入れても安定しません。残した年数の分だけ、次の選択肢が狭くなるのです。
錦糸町に近い当院には、フィリピン出身の患者さんも多くいらっしゃいます。向こうでは経済的な事情から、悪くなった歯を早めに抜くことが珍しくありません。その方々のあごを拝見すると、土手がしっかり残っていて、入れ歯がとてもよく安定している。日本は歯を残す技術が高いのですが、そのぶん感染と一緒に骨まで減らしてから抜くことになりがちで、総入れ歯の土手は痩せている方が多い。皮肉な対比です。
教訓は「早く抜け」ではありません。「感染に骨を食わせるな」です。その手段が保存なら保存、抜歯なら抜歯、というだけのことです。
「抜く」は負けではない
抜歯を「負け」や「損失」と感じるのは自然な気持ちです。でも、骨を残して抜く抜歯は、次に打てる手を増やす選択です。インプラントも、よく安定する入れ歯も、骨があってはじめて成り立ちます。
判断は、骨を見てから一緒に
当院では、残すか抜くかを迷う歯については、歯科用CTで骨の状態を三次元で確認してから判断します。骨がどれだけ残っているか、どのくらいの速さで減っているかを見て、三つの基準に照らし、利点・欠点・費用を並べたうえで、患者様と相談して決めます。残せるものは残します。ただし、噛めることを犠牲にしてまでは残しません。
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