子どものむし歯を一本も作らないために、とても頑張っている親御さんがいます。その努力は尊いのですが、歯医者として正直に言うと、少し心配になることがあります。
幸せに生きることが第一で、むし歯を作らないことは、そのための手段のひとつです。手段のために生活を削りすぎると、本末転倒になります。備えにもコストがかかる。だから「備えすぎず、備えなさすぎず、ちょうどよく備える」ことを、この記事ではおすすめします。
むし歯は「できるか、できないか」
むし歯は、口の中で歯が溶ける力と、元に戻る力の収支で決まります。収支が「できにくい側」に傾いていれば、むし歯はできません。ここで大事なのは、ぎりぎりでできないのと、余裕たっぷりでできないのとでは、結果が同じだということです。
もちろん、多少の余裕は持ちます。でも、余裕を使い切る必要はありません。余った分は、生活の楽しみに回して構いません。
9割を10割にする努力は重い
6割を9割にするのに比べて、9割を10割にする努力はずっと大きくなります。しかも、10割を達成したときの反動も考えなければなりません。子どものころに厳しく禁止されたものは、大人になって自分で選べるようになったとき、反動が来ます。世間のふつうから極端に外れた頑張りは、どこかで返ってくる。
うちは「害をゼロにする」のではなく「害を減らす」考え方(ハームリダクション)に立っています。害の少ないほうを自然に選ぶ子に育っていれば、それで十分です。
「ぎりぎりの線」は動く。見張るのは検診に任せる
難しいのは、その線が年齢や状況で動くことです。生えたばかりの歯は表面がまだ弱く、矯正装置がついている時期は汚れが残りやすく、受験期は夜食が増え、年を取れば薬で唾液が減り、歯ぐきが下がって根が出てきます。線が動く時期ほど、余裕を厚めに取る必要があります。
そして、線が今どこにあるかは、ご家庭からは見えません。見えるのは歯科医院です。定期検診は「むし歯を見つける場」ではなく、「今の線の位置を測って、どれだけ余裕を残すかを決め直す場」だと考えてください。ふだんは普通に気をつけていれば十分です。検診で「少し溶けかけていますね」と言われたときだけ、安全側に倒す。それで足ります。
家庭でやるのは「安くて続く守り」だけ
余裕は、我慢で作るのではなく、歯磨剤で作ってください。
- フッ素入りの歯磨剤を使い、磨いたあとはあまりゆすがない。吐き出すだけ、あるいは少量の水で一回だけ。せっかく塗ったフッ素を流してしまうのがいちばんもったいない
- 夜の歯磨きの前に歯間ブラシを通す。歯間のプラークを先に取ってから磨けば、フッ素が歯の表面に届く。サイズは当院で合わせます
どちらも技術がいらず、続けるだけで効果が出ます。守りはこれで十分です。
攻めを減らすのは「我慢」ではなく「置き換え」
糖と酸を減らすときも、禁止ではなく置き換えで考えます。
おやつは回数、そして「甘くないものは数えない」
甘いものの量より、口に入れる回数のほうが問題です。特に1日2回と3回のあいだに大きな差があります。ただし回数に数えるのは砂糖の入ったものだけ。甘くないおやつは数えません。おやつを甘くないものに寄せれば、回数を増やさず満足できます。
- ひまわりの種:殻を剥く手間で食べるペースが落ちます。砂糖なし、安い、おいしい。炒り方は別の記事に(前歯で殻を剥くと歯の先が削れるので、指で)
- 韓国海苔、小袋のポテトチップス、ナッツ(甘いコーティングのないもの)
- ノンシュガーのチョコ:うちは常備しています
気をつけたいのはグミです。粘り気があって歯に長く残り、噛むと溝に押し込まれ、「果汁入り」の顔をして回数に数えてもらえず、袋を開けると食べ終わりがありません。定説と言えるほどの研究はまだありませんが、理屈はすべて悪い方を向いています。
飲み物は麦茶か水。「体に良さそう」なものに注意
- エナジードリンク:小中学生でも飲んでいる子がいます。糖と酸の両方が強く、勉強しながらちびちび飲むので、口の中がずっと溶けやすい状態になります
- スポーツドリンク:部活で夏じゅう飲む子がいます。水分補給は水か麦茶に
- クエン酸の疲労回復ドリンク:クエン酸は歯を直接溶かします(酸蝕症)。細菌が関係しないので、歯磨きでは防げません。飲んだら水で口をゆすぎ、直後に磨かない
- アミノ酸ドリンク:これも酸性です。アメリカは水道水のフッ素添加と高濃度の歯磨剤が長く、歯の酸への強さが日本人と違う可能性があります。海外アスリートのまねは慎重に。アミノ酸はタブレットで
酸性のものをどうしても飲むなら、ちびちび飲まないこと。いちばん悪いのは、酸性のドリンクをちびちび飲みながら、口で息をしてトレッドミルを走ることです。口呼吸で唾液が乾き、守りまで落ちます。
炭酸は「禁止」より「糖のないものを置く」
子どもは結局いつか炭酸飲料を飲むようになります。うちの冷蔵庫には、カフェインなしのコーラゼロ(金色のキャップ)の2Lを子ども用に常備しています(ふつうのコーラゼロはカフェインで寝なくなる子がいました)。糖がなければむし歯菌の餌にはなりません。どうせ飲むなら、反動が来ないように、害の少ないものを先に与えておく。これが家庭での現実的な答えです。
まとめ
守りはフッ素と歯間ブラシ、見張りは定期検診、攻めは禁止でなく置き換え。これで収支は「できにくい側」に傾きます。それ以上に積み増した分は、生活の楽しみに回してください。幸せに生きることが第一で、むし歯を作らないことは、そのための手段です。
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